闘牛といえば、マタドールが雄牛と対峙するスペインのものを思い浮かべますが、沖縄で闘牛といえば伝統的に雄牛同士が闘うものです。
明治の頃より娯楽として発展してきたという、伝統文化の闘牛。
発足当時は闘牛のために気もそぞろとなり、製糖作業が遅延して行政指導が入るほど人々を夢中にさせたという文献も残っているそうです。
毎月、県内のどこかで行われている闘牛、なぜ人々がそこまで過熱したのかが気になります。
井上靖先生が芥川賞を
あの井上靖さんも沖縄の闘牛の魅入られ、戦後間もなく、42歳の時に闘牛をテーマに短編小説を書かれました。
闘牛と名付けられたその小説で、第22回芥川賞を受賞しました。
あるイベントプロモーターが、西宮球場で開催した闘牛大会がモデルと言われています。
正確には愛媛県宇和島市の伝統行事を球場開催したということですが、根底にあるテーマは闘牛のギャンブル性だと思われます。
ギャンブルに熱くなりやすい?
国道58号線を車で走らせると、目につくのがパチンコ店の多さです。
沖縄を訪れた観光客がわざわざ行くとも思えないので、やはり多くの県民が興じているのでしょう。
何人かの沖縄の知人にパチンコ屋の多さを尋ねると、やはりハマっている人は少なくなく、八割方「沖スロ」と呼ばれるパチスロをしているようです。
一方、パチンコ台の方はガラガラで、店内の機種の割合も圧倒的に沖スロが占めています。
こうした県民性を考えてのことか、いわゆるカジノを含むIRの候補地として何度となく取り沙汰される沖縄ですが、前県知事の翁長氏や現県知事の玉城デニー氏は一貫して誘致に反対しています。
観光客があつまる場所にカジノを作りたい人と、歴史や文化を守った上で観光を楽しんでもらいたいという沖縄県にはかなりの温度差があるようです。
禁止されていた闘牛
さて沖縄の闘牛ですが、ほとんどの会場で男性3000円、女性2000円程度の入場料を払って観戦します。
ただ観覧するだけであれば、戦後GHQによって禁止されるはずもないと思います。
観戦したわけではないのですが、話を聞く限りはタイで行われているムエタイの試合に近いものがある気がします。
リングサイドは国外の人たちが入場料を払って座り、その後ろを金網の仕切りが取り囲み、地元の人たちがただならぬ様子で何か言い合っています。
その様子を恐る恐る覗くと、試合を注視しているという感じではなく、客同士が何かやり取りをしているようにしか見えません。
まぁつまりがそういうことだと思うのですが、それゆえに仕事が手につかなくなったり、禁止されたりしていたのではと想像します。
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